俺は今、胃に穴が空きそうな気分だった。
気分ではなくて、本当に空いてしまったかもしれない。
さっきまでは屋上でコンビ二のパンを食べていたのに、
今はそれすら吐き出してしまいそうな気分だ。
気持ちは心からは溢れ出すくせに、喉を通ることは決して無い。
胃の中にあるパンと一緒に、この気持ちも吐き出してしまえたら、
どんなに楽だろう。































泣かしてやりたい。
泣いて欲しい、
俺だけのために。






















「千夏先輩、いつまで泣いてるんスか?昼休み終わりますよ。」
「…………。」
「あの、俺教室戻りたいんスけど…。」
「戻りたいなら戻ればいいじゃない…。」

























この人はサッカー部の1個上のマネージャーなんだけど、
彼氏がまた浮気したとかなんやらで今、泣いている。
俺が話し掛けると先輩は少しだけ顔をあげた。
泣いてるせいでマスカラがちょっと滲んでいる。
(早い話、その彼氏もサッカー部の先輩なんスけど。)
どこかを強く見るその目には、気持ちと一緒に涙が溢れ出していた。
気持ちというものは喉からでなくても、外に出すことが出来ると俺は知った。
























「和哉先輩の浮気なんて今に始まった事じゃないっスよー。」
「わかって、るよ、そんな事…ううう…っ。」
「(あー余計泣いた!)そんなに辛いなら別れちゃえばいいじゃないっスか。」
「…でも、好き。…別れたくない。」





















「好き」という一言で、さっきまで俺が保ってきた冷静さだとか、
そこらへんの弱っちい物が、音を立てて崩れおちた。
目の前で自分の好きな人が、他の人を好きだとか言って泣いている。
「別れろ」って言って簡単に別れるような人じゃないのは判っていたけれど。
少しだけ期待した自分が本当に馬鹿馬鹿しくって、屋上から飛び降りたくなった。
この人がこんなにも泣くのは、相当和哉先輩が好きなんだと思う。
今、俺がこの人の弱みに付け込んで「俺先輩の事好きです」とか言ったら、
先輩はどんな反応をするだろうか。
そんな事しないけど。
そんな事出来るはずが、なく。























「気にしすぎっスよ。あの人はああいう人だから、」
「付き合う時から判ってたもん…でも、本当はすごく優しいから…
 ああもう…なんで私だけ優しいんじゃないのに…何考えてんだろ、私…。」
「和哉先輩は確かにタラシだけど、ちゃんと千夏先輩の事思ってますって。」
「嘘だ…そんなの…っ。」




















この人は、俺の事なんてまったく眼中にない。
この人があるお話の姫で和哉先輩が王子だったら(きもい)、
俺はせいぜい、城下町の職人って所。
この人はあんな男(和哉先輩ね)のどこがいいんだろう。
千夏先輩と付き合ってるくせに、違う女と何やらやっている。
部活の帰りに違う女と待ち合わせしてたり、どっか行ってたのも知ってる。
千夏先輩は知らないほうが幸せなのか、それとも知らないことは辛いことなのか。
でも俺は千夏先輩が他の人と付き合ってるのを知っているけど、別に不幸せとは思わない。
知らないのと知っているのが、どっちが楽か、というのと
知らないのと知っているのが、どっちが幸せか、というのは、まったく別のもの。
傷ついて、傷ついて、今にも壊れそうなくせに、千夏先輩は和哉先輩が好きなんだ。
でもそれはきっと、俺が千夏先輩を好きなのときっと、同じ。














なんか甘い匂いがした、きっと千夏先輩の香水だろう。






















ああ…胃が、痛い。






















「もう嫌だ…。」
「そんなん俺に言われても困りますよ…。」
「直弥君は、彼女がいるのに…他の女の子の肩抱いたり、手繋いだりする?」
「は?知らないっスよ、そんなの……しないと思いますケド。」
「そうでしょ?なんで私がいるのに、他の女の子に告られて喜んでるのよ…。」
「(うわー相当キてる)それは和哉先輩がマズいっスね。」
「でしょう?よかった直弥君は普通の人で。」
「いや、変なのはあの人だけっスよ。」
「だよね…はははは…私、直弥君みたいな人と付き合えば良かったな…なんて。」
そう言って先輩は少しだけ笑った。




















俺の手でめちゃくちゃにしてやりたい。
その笑顔も、涙も、あの人を好きなあんたも全部。
あんたは俺に義理で笑いかけてはくれるけど、俺のためは泣いてくれない。
どうしたらあんたは泣くか、あの人を思って泣いてる今みたく。
あの人の見てる目の前で、俺があんた犯したら泣くかな?
てかそれじゃ俺があの人にボコられて終わりじゃん。
例えそれで泣いたとしても、きっとあの人の事を思って泣くんだ。
笑えない。ほんと、笑えない。
そんなことできるはずもない。
こんなに好きなのにね、あの人よりも。
俺だったら、絶対にこんな痛い思いさせないのに。
いや、だから、あんたをだよ?
あんたは俺がこんな事考えてるなんて1mmも考えていないよね。





















「先輩が俺の彼女?ははは、それは無理っスねー。
 んな事したら俺が和哉先輩にボコられます。」
「あの人はきっと気づかないわよ。」
「んな事ないですって!今、正直びくびくしてるんですよ?
 こんな所和哉先輩に見られたらーとか。」
「今ごろきっと、クラスの女の子が作ったお弁当を楽しそうに食べてるわ。」
「あーもう、千夏先輩マイナス思考過ぎー!」
そう言うと、千夏先輩は黙って下を向いてしまった。
「冗談っスよ、先輩ー。」
「もういい。」
「…どうしてこんなに好きなのに判らないんでしょうね。」
「本当、ばかよあの人。」








(いや、俺があんたを好きって話なんスけど)
























「おーい千夏ー。」
「和哉?!」
その声に反応して、千夏先輩が顔をあげた。
屋上へやってきたのは、和哉先輩だった。
千夏先輩は慌てて袖で涙を拭いて、そっぽを向いた。
滲んだマスカラのせいで袖が黒くなった。
「チース…。」
「あれ直弥じゃん?何しとんの?」
「和哉先輩!彼女ほったらかしにしないで下さいよー。
 昼飯の邪魔されて困ってんスからー!」
「何それ!直弥君ひっどい!」
千夏先輩が怒ってこっちを向いた。
「わりーな直弥。千夏ー、さっきのは誤解だって。なぁ?」
「そんなの何回目よ。」
「だーかーらー誤解だってー。機嫌直せよー。」
「………。」
「あのー、俺邪魔みたいなんでー…教室戻ります。」
「ちょっと待ってよ直弥君!!」
「わりーなー直弥。ありがとなー。また部活でな。」
「どーいたしましてー。」





















俺は食べかけのパンを残して、屋上を後にした。
二人がどうなったかなんて、どうでもよかった。
千夏先輩を泣かせるのは和哉先輩だけであって、
千夏先輩を泣き止ませる事が出来るのも和哉先輩だけなんだ、きっと。
俺の入る場所なんてどこにもなくて。
食べたパンは吐き出さずに、しっかり胃で消化しなくてはならない。




















あの人を思う好きって気持ち、
ちょっとでいいから俺に分けてもらえませんか?


































「おい直弥。」
「いててててて、く、苦しいっスよ先輩!!!」
部活なんて本当は出たくなかった。
俺が真面目に練習をしているのに和哉先輩が急に、
後ろから腕を回して首を締めてきた。
「お前、俺の彼女に何、手だしとんじゃー。」
「誤解っスよ!誤解!先輩まじ苦しいっス!!」
「あははは。冗談、冗談。」
「冗談キツいっスよ!!!」
「はははは。お前おもろいなぁ…。」
「面白くないっス!!!」
「わりぃ、わりぃ。」
「先輩の方こそ、ちゃんと誤解解けたんスかー?」
「ばっちり☆だって俺、千夏大好きだもーん。」
「他の女に手を出したって千夏先輩言ってたんスけど…?」
「あんなの遊び遊び。あんなブス興味ないない。
 本命は千夏だけだからねー。千夏が一番可愛え。」
「先輩まじキモいっス…」
「この野郎〜!先輩に向かってなんだその口の利き方!」
「いててててててて、冗談っスよ先輩!!まじ死ぬ!!」
「はははははは!!」
「あー…本当、死ぬかと思った…。」
「あ、この後ミーティングあっから、お前も参加しろよ。」
「え?今日っスかー?今日俺、塾のテストなんスよ。」
「塾?」
「はい。すいません。」
「仕方ねぇなぁー。その代わり、明日部室掃除しろよー。」
「へーい!」












遠くでジャーマネの千夏先輩が何か運んでいるのが見えた。
千夏先輩もこっちに気づいたらしく、荷物を置いて手を振った。
和哉先輩も嬉しそうに手を振っていた。
俺は振らなかった。
だって、千夏先輩は俺に手を振ってるんじゃないから。
本当は俺は塾になんて行ってない。
今日、千夏先輩と顔を合わせる位なら、死ぬまで部室掃除のほうが気が楽だ。




















和哉先輩は、さっきの千夏先輩の香水の匂いが、少しだけ、した。




















※ジャーマネ…マネージャー(古い?笑)
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