■雨の歌























































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都心の空は薄暗い雨雲に包まれていた。
僕は別に雨が嫌いじゃない。
雲と地面、いや、空と地面が繋がっているような気がする。
子供の頃はよく雲の上に行くことを夢見ていた。
雨が降る日は誰かが泣いていると誰かから聞いた覚えがある。
今日もきっと何処かで誰かが泣いている。
そう、名前も知らない誰かが
そんな事を考えつつ、一歩前には付き合い始めて一ヶ月の彼女が歩いている。
僕も彼女も傘をさしながら歩いている。
買い物に付き合えと言われたま街に出たが、雨に遭遇し彼女の機嫌が悪くなりつつあるのだ。
彼女は髪がうねるだとかで雨が嫌いらしい。
女の人って面倒だ、とつくづく思う。
会話も特に無いので、とりあえず自分の足元ばかり見ながら歩いている。
このままじゃ足元とコンクリート以外何も見えないので、人にぶつかる可能性が大。
まず第一に今、一歩前の彼女が立ち止まったら僕は間違い無く彼女にぶつかる。
そしたら彼女の機嫌もますます悪くなって面倒なので、それだけは避けたい。
実際の所、彼女との終わりも近いのは事実だ。始めから終わりは見えていた。
これは僕の人間関係を維持するにあたっての悪い癖かもしれない。
顔を上げて正面を見ると沢山の色の傘が雨の中揺れていた。
赤・黄色・青・緑…さまざまな色が雨のリズムに合わせて踊っている様だ。
こんな子供地味た事を真面目に考えてる自分がおかしくて、
誰にも気付かれないように自分を鼻で笑った。
水溜りの上を歩く僕の足。ズボンの裾は雨で濡れている。
そこで急にリエ(彼女)が立ち止まって振りかえった。
子供地味た思考のおかげでぶつからずに済んだ。

























「ねぇユーイチ、どこかで雨宿りしない?」
「は?さっき飯食ったばかりだろ。」
「別にお腹が空いた訳じゃないの。雨宿りに…喫茶店でも。…ね?」
「(面倒くさい…)」
「なによー。じゃあいいわ、帰ってシャワー浴びるから。」
「はぁー…分かったよ…行きゃいいんだろ、行きゃ。」
「本当?やったぁ。私行きたい所があるの。最近出来たお店でね」





























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ギギィーーーーーーーーーッ!!!!





































会話が途切れた。
突然、僕の頭の中にとてつもないブレーキ音が響き渡った。
僕は一秒前の記憶を忘れてしまうほど、頭に衝撃を受けた。
僕だけじゃない、僕の周りの人間、この場にいる全ての人間に聞こえただろう。
正面のカラフルな傘が一瞬にして驚きの色に変わった。
「何?事故?やだー…。」一歩前を歩いていたリエが僕へ寄り添ってきた。
周りも騒ぎ出した。
その時僕は受けた衝撃が大きく、怖がるリエをかばう事にまで気が回らなかった。
別にリエが嫌いだからじゃない。
それより僕は、僕の中で動き出す何かを押さえられずにいたのだ。
そしてふと、昔聞いたことのあるような歌のフレーズが頭をよぎる。
こんな時に一体なんだ。何の歌かは分からなかった。
題名も歌詞も、昔…それがいつかすら判らない。
それは雨の音のように優しく懐かしい響き。
頭の中が真っ白で思い出す余裕も、考える余裕すらなかった。
冷静に辺りを見まわすと、目線の数10M先の交差点の真中に大きな青いトラックが見えた。
僕は持っていた緑の傘を放り投げ、腕にしがみ付くリエの手を払い、
カラフルな傘も、人々も押しのけ交差点へ走った。
リエがうしろで何か言っていた気がしたけれど、僕はもう振りかえらなかった。
なぜか交差点からあのフレーズが聞こえた気がした。
夢中だった。なぜかは分からない。
頭の中は真っ白で何も考えていなかった。
ただあの歌のフレーズが頭の中を繰り返していた。
ただ大切なものを守りたくて、ひたすら走った。
そしてあの優しい歌……あとは覚えていない。



































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交差点の真中には青いトラックと青ざめる運転手。
道路の上にはトラックから数Mにも及ぶ黒い急ブレーキの跡。
立ち止まる乗用車に唖然とする見物客。
点滅する青信号…そして赤信号。
優しく懐かしい響き。
僕は騒ぐ見物客を払いのけ交差点の真中まで走った。
そして人々の目線の先には雨と同じ色の青い傘が折れ曲がって転がっている。
雨に色なんてあるのか?雨は透明だろ?
横断歩道に溜まり流れる雨は赤。僕の足元の雨も赤。
横断歩道の赤に染まった
のしましま模様。
今はそんなものは見えない。
























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折れ曲がった傘の隣に寝転んでいる…名前も知らない一人の少女。
それしか。


































「誰か救急車呼べ!!!!!!!!!!」



























誰かの叫び声で僕は我に返った。
あの優しい歌も途切れてしまった。
気がつけば先ほどまでの風景が新鮮に目の中へ入ってきた。
一瞬で何時間もの夢を見ているような気分だった。
だけど夢は夢で覚めてしまったら思い出せない。
僕は周りが見えないほど冷静さを失っていた。僕らしくない…。
名前も知らない少女はトラックに身を投げ出され、
冷たい道路の上で、あお向けになって薄暗い空を見つめている様だ。
僕は彼女のあまりの美しさに足が震えた。
意識はあるのだろうか。いや、彼女は目を閉じていた。
彼女の細い体には容赦なく空からの冷たい雨が降り注ぐ。
白いワンピースには赤いはん点、それは赤い花柄の様。
僕は彼女に近づき、上から彼女の顔を見下ろす。
降り注ぐ雨…誰かの涙と彼女の間に僕は割り込んだ。
やはり彼女はとても美しい。




























そしてまたあの優しい歌が聞こえた。
あぁ、これはきっと彼女の歌声だろう。
いや、この状態で歌など歌えるわけがない。
しかしなぜか僕には彼女が歌っていると確信していた。
彼女の声など聞いた事ないのに。
その前に僕は彼女とたった今初めて出会ったのだ。
僕は女の隣に座り込み、彼女をゆっくりと両手で抱き上げる。
これだけの雨に打たれていても彼女の体はまだ暖かい。
彼女の長い黒い髪の毛から雨の雫が落ちる。頬を伝う。
雨だったか涙だったか僕には分からない。
僕は彼女の頬を覆う濡れた髪を払いのけた。
彼女の顔がはっきりと見える。
そして僕は彼女を抱きしめた。だけど彼女は目を閉じたままだった。
彼女が壊れてしまうと思うほどきつく、きつく抱きしめた。
苦しかったと思う、痛かったと思う。
僕も相当の雨に打たれていた。冷たい体で申し訳ないと思った。
僕の眼に雨が入る、僕はまばたきを数回する。
シャツと背中が雨でくっついていて気持ち悪い。
いつの間にか僕の服は彼女の血液で赤く染まっていた。
道路に落ちた雨は血液が混じり、生ぬるく、赤色をしていた。
僕の涙が彼女の体に落ちた。
雨と涙が僕達の体の間に入る。
今は誰にも何にも邪魔をされたくなかった。






























僕は彼女の名前も声も何も知らない。
もちろん、彼女も僕の事を何も知らない。
だけど僕は彼女を愛していた。
彼女は僕を愛してくれた。
彼女はあの歌を僕のために歌ってくれた。
僕はあの歌が大好きだった。
それはずっと昔から。
僕達が生まれる前から。
もしくは地球が生まれた頃からずっと。
僕達には名前など知る必要なかったのだ。
そんなもの知らなくても、僕達は確かに愛し合っていた。
僕達はまたこうしてこの場所で出会えたのだ。
僕は彼女を助けたかった。
愛し続けたかった。
ずっとこうして繋がっていたかったよ…。


















そして彼女の口元が何かを言いたげに開いた、
僕は僕のことも歌のことも彼女のことも全て悟った。
僕は忘れていた全てを思い出したのだ。




























「          」




















彼女の眼が一瞬開いた気がした。
そして彼女は僕の眼を見て笑った。
























確かに彼女は僕を見て微笑だ。



























僕は彼女の声に反応して彼女を抱きしめている手の力を緩め、彼女の顔を見た。
その時、彼女の目が一瞬だけ開いた気がした。
それはきっと僕の幻覚。
だけど彼女は僕の目を見て笑った、確かに彼女は僕を見て微笑んだ。
もう…幻覚でもなんでもよいと思った。
そして彼女の体から力が抜けた。
だけどまだ彼女の体は温かい。
僕の足元の赤い雨も生ぬるいまま。
あの優しい歌は聞こえなくなってしまった。
僕は再び彼女をきつく抱きしめた。
自分の力だけが、ただ虚しく彼女の体に響く。
僕は彼女に笑い返す事が出来たのだろうか。
僕は今どんな顔をしているのだろう。
笑っているのか、泣いているのか。
僕の頬を伝うのは雨なのか、涙なのか、汗なのか、血なのか。
そして遠くから聞こえてくる救急車のサイレンの音。
彼女と僕に降り注ぐ優しい雨。
さっきまで冷たいと感じていた雨が、なぜか優しかった。
これはきっと彼女の涙。
僕は体中、彼女の優しさで満たされていた。
もう少し…もう少しでいいから、この雨の中で彼女を抱きしめていたかった。























彼女はもうここには帰らない。













だけど彼女はまた僕の所へ戻ってくる。












時を経てまた彼女に会える。










そしたらその大好きな歌を、もう一度僕に聴かせて。















ずっとずっと待っているから。













僕はもうどこにもいかないよ。

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