不特定な不細工なリズムを刻む脈の歌










テンポを狂わせる脈に答えるかのように鳴り響く臓器の悲鳴










肺から送り出される二酸化炭素と呼吸運動










拭い取れない熱と痛みを帯びた手首の蒼い血管










音も無く静かに床に真っ直ぐに落ちていく私の赤い涙










雑音に似た醜い執着と手首に浮かび上がる何よりも美しい赤い線

















































もーいいかい?



























まーだだよ。




























残念。あともう少し…


































































「おはよう」



















1時間目が終った休み時間に彼女は重い足取りで教室に入ってきた。
彼女の醸し出す空気は明かに周りの女子生徒とは異なっていた。
彼女の魂が教室とういう固定された空間に入った時、空気が一瞬にして凍るのだ。
彼女が何の気もなく挨拶をしただけで、教室中の注目は彼女に向けられ静まり返る。
「お・・・おはよう。」
彼女は凍てつく教室の空気も気にもせず、ただ思い足取りで席に着いた。
この彼女と僕が恋人同士などという関係と言ったら驚くだろうか。
僕達の付き合いは皆知っているが、彼女の秘密を知っているのは僕だけだ。
「……はい、今月遅刻10回達成。」
「ふふふ。数えててくれてるの?おはよう。」
彼女はそう言って少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
彼女の笑顔にしばらく見惚れ少し目線を下ろすと、黒い制服の袖元から白い布が見えている。
その布が真っ白と言えたらいいのだけれど、あいにく白い布には赤が混じっている。
「何?またやったのかよ…」
「…これ?ふふっ、何よ、いつもの事じゃない。」
「そんな事してどーすんだよ、ったくこっちの迷惑も考えろっつーの。」
「迷惑?」
「そう。心配っていう迷惑!」
「あら嬉しい…。」
「嬉しいじゃねーよ、このアホ!」
「ねぇ、それより聞いて。」
「何だよ?」
「人間って普通は人間の肉は食べないでしょう?」
「…ったりめーだろ。」
「でね、昨日、うちのインコに鶏肉をエサに混ぜてあげてみたの。そしたらどうなったと思う?」
「さぁ…。」
「何食わぬ顔でおいしそうに食べちゃったの。自分と同じ鳥の肉を。」
「ふーん。」
「それで私、おかしくっておかしくって。人間に例えて見たら笑いが止まらなくなっちゃった。」
「あっそう。」
「…何?詰まらない?こういう話し嫌い?」
「好きも嫌いもあるかよったく…早く来い!」
「もう2時間目始まるけど?」
「いいから!」
























僕の覚えてる限りでは彼女は高校に入学した当時はとても明るい印象があった。
とても活発で委員会か何かもやっていたし、部活ではテニス部に入っていた。
男女問わず人気があったし、彼女の周りには耐えず笑いが溢れていた。
僕もそんな彼女に少し憧れを抱いていたのかもしれない。
去年の春、思いきって告白をしたらOKをもらえて僕達の交際が始まった。
だけどいつからだろう…彼女が変わってしまったのは。
3年になって夏の大会が終った頃だろうか…彼女はあまり笑わなくなった。
僕以外の人間とは、挨拶を交わす程度であまり関わりを持たなくなった。
何が彼女を変えてしまったのかは判らない…。
僕と交わす会話の内容も明らかに変わってきた。
周りは彼女と交際を続ける僕を不思議がるが、僕は彼女を嫌いにならなかった。
それより、彼女は死だとか自殺に憧れを抱くようになった。
突然窓から飛び降りようとしたり、川に飛び込もうとしたり、紐で首を締め出したりする。
ヒステリーを起こしそういった行動に出るのではなく、
笑いながら…小さい子供が人形で遊ぶのと同じようにその行為を楽しんでいる。
精神異常者のふりをしたらお医者さんがくれたと言って睡眠薬を自慢していた。
彼女の白い手首に真っ赤な線が何本もある事を僕は知っている。
僕は彼女のその行為にすぐ気づくので毎回保健室に連れていき消毒をしているのだ。



























「ねぇ、こうして見るときれいでしょう?この線…。私、赤が一番好き。」
彼女は自分の手を電気に向けて嬉しそうに眺めていた。
僕は彼女の手を取り制服の裾を捲くると白い手首が姿を表す。
近くで見れば見るほど彼女の手は白く、真っ赤な線が何本も深く刻まれていた。
「きれいな訳ないだろ…あーまたこんなに…。」
「誉めてくれないの?貴方なら誉めてくれると思ったのに…。」
「誉める誉めないの問題かよっ、ほら早く消毒貸せ。保健の先生帰ってくるぞ。」
「帰ってきちゃまずいの?」
「まずいだろ、そりゃ…。」
「あ、わかった…やましい事考えてるでしょ?」
「バーカ、ちげぇよ。」
「なんだ、つまらない…あ……っイタっ、」
彼女が話している途中だったが僕は黙って消毒液をかけた。
彼女はさすがに顔を歪めた。
「ホレ見ろ。」
「でも…この傷にしみる感じが好き。消毒の匂いも大好き。」
「大好きじゃねぇよ、もういい加減にしてくれよ。毎回毎回…。」
「別にしてくれなんて頼んでないじゃない。」
「うるせぇ、しなきゃお前どーなるかわかんねぇだろ。素直にありがとうって言えないのか。」
「優しいのね…ありがとう。」
「へいへい。どういたしまして。これにこりたら止めてください。」
「だってこうしてる時の貴方優しいじゃない。」
「は?テメー何冗談ぶっこいてんだよ、俺はいつでも優しいの。」
「そうだっけ?」
「ったりまえだろ。俺はお前がこんな事しようがしまいが優しいんだよ!」
「…そっか。それなら安心して死ねるわ。」
「は?!馬鹿かテメーは!!なんでそうなるんだよ!」
「馬鹿でも何でも良いわ。死んだら皆同じ…馬鹿も天才も何もかも平等よ。」
「……あーもういい。ほら、教室戻るぞ。」
「うん…ねぇ優しいお医者さん。」
「あー?」
「キスして。」
「………もうしないって約束するならいいよ。」
「え…それは無理。じゃ、今日はしない。ね?」
「あ゛〜〜!!!」



























彼女の唇はこの世の何よりも冷たかった。




























「おい、まだお前ら付きあってんのかよ?」
「おー付き合ってるけどー。」
「アイツやばいじゃん、いい加減別れたら?」
「は?別れる理由ねぇよ。」
「そりゃ理由ないかもしんねーけどよ…。」
「別にアイツ、お前らにはなんも迷惑かけてねーだろ。」
「まぁ…。」
「だったら別にどうだっていいだろ?」
「う…。」
「迷惑かけられてんのは俺だよったくよー。あーあいつのせいで英語の予習出来なかったし!」
(だったら別れりゃいいのに…)




























彼女は「死」について特別な感情を抱いている様だった。
「死は生きてる者だけに与えられた特権で最高の芸術」と彼女は話す。
それは僕に対しての感情よりも大きい物かもしれない。
だから僕は彼女の死への執着には敵わない気がしてたまらないのだ。
だけど彼女は不思議にも僕だけに笑顔を見せるので、僕は彼女が手放せない。
僕は彼女に執着しているのかもしれない…彼女が死に執着するのと同じ様に…。




























そろそろ僕も疲れてきた。




































放課後の誰もいない教室は静かで好きだった。
元々僕達の会話は多い方ではないので、こうした場所が適していた。
彼女は僕の机にもたれ掛かって僕のネクタイを意味も無くいじっていた。
丸めたり引っ張ったり…僕は少し苦しかったのだけれどあえて黙っていた。
「なぁ、お前進路どうすんの?」
「進路…そんなの考えてない。」
「…だろうな。大学とか行けばいいのに。」
「いやよ、面倒くさい。」
「お前頭良いんだから国立とか狙えるだろ?」
「頭なんて良くても意味は無いわ。硬い物で頭部を叩きつけたら一瞬にして脳み、」
「あー続きはいい!いい!いいたい事は判ってるから!」
「そう…。」
彼女は僕のネクタイから手を離した。もう飽きたのだろう。
僕は黙ってネクタイを整えた。
「…なぁ、自分で死ぬのってどんな気分?」
「そんなの死んだことないから判らない。」
「…そっか、そうだよな…うん。でもらしくない意見じゃん。」
「そお?じゃあ死んだら教えてあげる。気持ち良かったって。」
「はいそうですかーって納得すりゃいいのか…俺は。突込む事ばっかり…。
 でもさ…なんか悲しくない…?自分で死ぬのって。」
「どうして?生まれたのは自分の意思じゃないんだから、
 死ぬときぐらい自分の意思でいいじゃない。」
「まぁ、それもそうだけど…。」
「じゃあ私が殺してって言ったら殺してくれるの?」
「…………殺してあげるって言ったら君は死ぬの?」




























もーいいかい?




























「なんか今日いつもと違うね…いつもはこういう話、すぐ流すじゃない。」
「…そうかな…。」
「痛っ…!」
僕は気がつくと彼女の華奢な手首を握り締めていた。
「ねぇ、ちょっと痛い…!」
「あ、ごめん…ねぇ僕が殺してあげるって言ったら殺される?」
「だから痛いって……じゃあ聞くけど貴方が私を殺してくれるの?」
「さぁ…それはどうだろう。」
「…今日の貴方なんだかおかしい。」
「はは、君に言われちゃったか…。」
「何笑ってるの?私のどこがおかしいって言うの?」
「あはは、君は全然おかしくなんてないよ。当たり前の事をしてるだけ。」
「当たり前のこと…?」




























もーいいかい?










































「そう、僕と死ぬための準備…でしょ。」



























僕は本当は全部知っていた。
彼女はどこも異様なんかではない。
むしろ異質な精神を隠し平生を装っているのは僕だ。
僕は彼女の前でも常に平生を装ってきた。
前から彼女は僕の目をひこうと必死だった。
だから僕は病んだ彼女にわざと優しくした。
そもそも彼女が手首を切るように仕向けたのは…この僕だ。
彼女が死に執着するようになったのは僕のせいと言っても過言ではない。
彼女が僕以外の人間と楽しそうに話しているのが許せなかった。
僕以外の人間に笑顔を向けてるのが許せなかった。
だから僕以外の人間とは自然と話さない様にさせたのも僕だ。
だけどいつしか、笑ってる彼女だけでは満足できなくなった。
僕も実は一度だけ自分の手首を切った事がある。
だけど自分の傷なんて見たって全然満足できなかった。
自分のものより美しい彼女の白い手首に浮き上がる赤い線が見たくて見たくて仕方なかった。
僕は彼女の真っ赤な線を見ることで自分の存在が許された気がした。
あの白い肌に浮かび上がる赤い傷を見るたびに一時の幸福を覚えた。
赤は愛情を象徴する色だと言うけど、それが血液の色と同じだと言う事を知っている?
でもそれは愛とかそういった領域を遥かに超えていて。
彼女の全てを僕のものにしたくて…全てを僕のものにしたかった。
だって、こんなにも…こんなにも愛しているのだから。
初めて会った時から、いや、生まれた時から全てを僕のものにしたかった。
もう狂おしい程愛しくて愛しくて君の全てを…
愛も体も傷も涙も血液も全てを僕のものにしたかった。
僕は小さい子供が人形で遊ぶのと同じように…彼女のその行為を楽しんでいた。





























「ねぇ、そろそろ本当に死んでみようよ?」




























僕は生まれた時から生きるのがしんどくてたまらなかった。
生まれた時から「生」に適応できない体の人種なのだ。
それも平生を装う事で周りと中和し、ここまでなんとか乗り越えてきたのだ。
でも周りに空気を合わせるのも、もうこりごりだ。
馬鹿みたいに笑うクラスメイト。
その笑い声も僕には頭痛の原因にしかならない。
だから死ぬことを前々から決めていた。
だけど彼女だけが名残惜しくて、彼女だけは手放したくなかった。
これは僕のただの幼いエゴだ。
だったら彼女も一緒に連れて行けばいい…簡単なことだ。
ほら、君の憧れている死が目の前にあるよ?
きっと喜んでくれるよね…?
君が怖がらないように前々から君に死への執着を仕向けたのは僕なんだよ?
言っただろう、僕はいつでも優しいって。
君も言ったじゃないか、安心して死ねるって。
でも…君が君を殺してしまうのは悲しい事でそれだけはやってはいけない。
美しい君には自殺などと言う死に方は似合わない。
だから僕がこの手で君を終わりにしてあげる。
君の命を傷つけるのは例え君であっても許せない。
そしたら…もう君は完全に一生僕のものだよ。
君はどこへも行かないし誰のものにもならない。
ほら、永遠が今この手の中で生まれるよ。
あれ?なんで僕はナイフなんて持ってるんだ?
まぁいいや。通販で買ったって事にしておこう。
あ、でも彼女をあんまり傷つけないようにしなきゃ…
大事な大事な愛しい僕の……人形。




























な…なに……っ





「何を怖がっているの?死ぬのが怖いの?」





ちょっと…何…どうしちゃったの?ねぇ






「何?聞こえないよ?…さ、早く行こう。」




























もーいいよ。
















































































































チャイムの後にやってきたのは二人っきりの静寂だった。
彼女は一瞬にして僕の手で真っ赤に染まった。
彼女の首から吹き出た真っ赤な血液は一瞬で教室中を赤く染めた。
真っ赤な血液という表現も非常におかしい…血液は赤以外何もない。
君が一番好きだと言った赤だよ?
真っ赤な部屋で真っ赤に染まって死ねて本望だろう?
嗚呼…
彼女の白い肌とこの赤がとてつもなく美しく調和している…
この世のどんな無理やりな醜い調和よりも自然で美しい。
馬鹿な人間よ、よく見ておくがいい…この風景こそが調和というものだ。
僕の足元に倒れる彼女は今まで見てきた彼女の中で一番美しい。
僕はこんなに美しい彼女を、赤を生まれて始めて見た。
彼女の返り血を浴びた僕もきっと今までで一番美しいだろう。
この僕を彼女に見せてあげられない事が残念だ。
そして彼女の真っ赤な血のついた通販で買った事にしたナイフを僕に向ける。
彼女の言った通り、人間死ぬ時は皆平等だ。
むしろ死ぬ時だけが皆平等なんじゃないか?
どんな栄光に輝いてもどんなに落ちぶれても人間はあっけなく死んで行くのだ。
みんな今の彼女みたく、こうしてだんだん冷たくなっていくのだ。
僕は今、彼女と最高の死を手に入れる。
僕は今、地球上の誰よりも何よりも幸せだ…
さようなら、僕の全て。
























僕の血液と彼女の血液、混ざったらどんな色になるかなぁ…







































みーつけた……



































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